ミャンマー駐在体験談

ミャンマー政変後の状況を一人の日本人駐在員の視点で書くブログ

非常事態下の企業経営

 一人の駐在員として、この非常事態下のミャンマーで企業経営をする立場に置かれているが、率直に言えば、自分にできることは、できる限りの安全の確保、資産の保全と、従業員を安心させるメッセージを発する以外何もない。

 安全の確保、資産の保全の対策として、最初に夜間の警備員を増員した。通常時の工場の警備は、夜間は出入口を閉鎖して、モニターや敷地内巡回を通して、火災発生などが起こらないように警備することが基本だ。刑務所から受刑者が23,000人も釈放され、放火・盗難事件など治安が悪化した後は、工場敷地外の状況にも警戒する必要があると判断した。そのため、警備員を3名増員し、1名は正門ゲートの外の警備、残り2名は敷地外周の警備と、不審者の徘徊をチェックする警備体制を築いた。

 従業員を安心させるメッセージとしては、雇用の確保と給与の確保に最善を尽くしていることと、日本の親会社の支援も取り付けていることを、従業員に伝えることだ。

 経営というと、売上・利益の追求、経営資源の効率的な活用、生産性の向上、顧客満足度の最大化など、取り組むべき課題は様々あるが、今回あらためて、非常事態下では、安全と安心が最優先事項だと実感させられた。

 その安全・安心も、株主・経営者という立場から見た安全・安心と、従業員から見た安全・安心とでは、重要事項が異なる。その両方を満たす対策が重要だ。まず、株主・経営者という立場では、多額の投資をしてミャンマーで事業を行っているので、資産の保全と、経営の継続の2つが重要事項となる。資産の保全という意味では、工場などの生産設備を守ること、現金を確保することとなる。生産設備は、警備の増強で対応が可能だが、現金の確保は、銀行が閉鎖しているとかなりの難題だ。できる限り、現金で回収できる売掛金を回収し、仕入れを極端に抑える対策で乗り切ろうと考えている。現在の在庫量で4月までは生産が可能だが、それが限界である。つまり、現在の状況が続けば、経営の継続が5月以降不可能ということだ。経営する立場から見ると、経済危機ならば、収益の悪化する率や期間を予測し、それに対応した経費削減策などを図り、企業経営の継続を最優先に取り組めるが、今回のような非常事態では、いつ正常に戻るのかも全く予測がつかないため、対策の取りようもない。

 従業員から見た安全・安心は、雇用と賃金の保証だ。そのためには、企業として給与支払いの原資となる現金が必要だ。上記のとおり、現金の確保は、銀行が閉鎖しているとかなりの難題で、現在のところ、3月末の給与が支払えるかどうか微妙な状況だ。言い換えると、従業員の安全と安心も、3月末が限界ということになる。

 反政府運動で展開しているCDMは、国軍政府を攻撃する唯一の手段だと思うが、CDMで銀行・貿易・物流が止まると、政府より先に企業の方が持たなくなりそうだ。日系企業の経営者と話をすると、2月末の給与も満額払えず、事情を従業員に説明し、給与の一部だけを支給したようだ。輸入がストップしているので、3月中に生産ができなくなるという工場も多数あり、3月中に政府が何らかの対応しなければ、ミャンマーの経済が持たなくなる可能性が高くなる。そうすると、国軍政府は対応を迫られる。これが、反政府運動の狙いだ。しかし今のところ国軍政府は、CDMの主導者には懲役20年を科すという法律を制定、抗議デモ参加者の多数の逮捕など、取り締まり強化をするだけで、具体的な解決策が見いだせていない。そのような強硬策で、反政府運動が収束するはずがない。国民は職を失い、収入を失っても、アウンサンスーチーの解放と、民主政への回帰を求め、軍政に反する反発は強く、二度と軍事政権には戻したくないという意思を持つ国民が圧倒的に多い。国軍政府が、3月中旬ころまでに何らかの打開策を示さない限り、ミャンマーは疲弊する一方だ。

 国軍政府は、今回の政変について法的な正当性を主張しているが、仮に法に則った対応だったとしても、そのことで国民を不幸にするのでは、何の正当性もない。政治体制には、民主制、共和制、独裁制、寡頭制、君主制など、さまざまな体制があり、それぞれに長所短所がある。独裁制でも良い政治を行ったことはあり、民主制や共和制でも悪政が行われたことはある。実際に「ローマの平和」をもたらした五賢帝の時代は、皇帝が国政を担っていた。誰が国政を担うかが問題ではなく、国政を担う者が、国民の安全な生活を守る責任を果たすことが重要なのだ。その責任を果たせない政府なら、法に則っていようがいまいが、国政を担う資格はない。アウンサンスーチー率いるNLD(国民民主連盟)が、軍事政権に代わって政権を担ってからは、多数の外国企業がミャンマーに投資をし始め、経済発展し、ミャンマー国民は豊かになった。その結果、大多数のミャンマー国民がNLDを支持し、圧倒的大差で総選挙で勝利した。この実績こそが、NLDが政権を担うべき者であることの証左だ。それなのに、強硬手段で政権を奪った国軍政府が、ミャンマーの治安を悪化させ、国民を不幸にするのだとしたら、その政治リーダーには、国政を担う資格はない。